【日本独自の感性】完璧でなくても愛される修理品
海や山、川など、自然に恵まれた日本には、独自の感性に基づいたものがさまざまにあります。中でも、陶器の修復という分野は、日本人らしい世界観が際立ったかたちで表れています。今回の記事では、心理学的アプローチも交えながら、わびさびの概念を手がかりに、陶器の修復についてご説明します。
日本人は完璧が嫌い?わびさびの概念とは
わびさびとは、月日の経過によって壊れたり、枯れたりして、独特の質感や雰囲気を感じさせる物事に、特別な美を見いだす、日本特有の美意識の一つです。
繊細にうつろいゆく豊かな四季を有すること、歴史的に何度となく深刻な自然災害に遭ってきた地政学的条件、さらに、仏教伝来の無常観などから強い影響を受けて、古くから育まれてきました。
デジタル大辞泉の説明によれば、わびとは、簡素の中に見いだされる清澄・閑寂な趣のことです。さびとは、古びて味わいのあること、枯れた渋い趣、とあります。改めて意味を問うまでもなく、この2つを組み合わせたものは、日本人の間では、ごく身近な言葉として浸透しています。
茶道をはじめ、美術品や庭園、建築物といった分野に限らず、日常的に目にするものに対しても、たびたび使われます。わびさびの世界観を表現するものとして、千利休が確立したわび茶や世界遺産に登録された京都・龍安寺の枯山水庭園、苔寺でよく知られる西芳寺などが有名です。
わびさびの概念を背景にしながら、完成途上だったり何かが欠けていたりするものを、日本人が好むのはなぜでしょうか。その理由の一つに、整っていない未完状態や欠落している部分が余白となり、さまざまな想像力をかき立てる土台になっていることがあります。
言い換えれば、感情移入できる要素が残っているということです。足りないものを自分で補い、愛でる喜びは、まさに日本人ならではの特徴といえます。完璧なものよりも、むしろ、もろくてはかないものを愛さずにはいられないのです。
未完成なものに惹かれることは心理学でも証明されている
ツァイガルニク効果という心理学用語を聞いたことはありますか?心理学に詳しくない人にははじめての言葉かもしれません。実は、この効果を利用したものが私たちの日常生活ではすっかり定着しています。
代表的なのは、テレビ番組で衝撃的なテロップが出た後にCMをはさむ手法です。ハイライト手前で、別のことが入ってきてスムーズな流れを断ち切られてしまうと、人はつい「その先はどうなるんだろう」と前のめりになる傾向があります。
あえてすべてを明らかにせずに、肝心なところを伏せたままにすることによって、受け手の興味を持続させる、という人間心理を巧みに突いたやり方です。中途半端で未完成なものだからこそ、余計に気になってしまう心の働きは、私たちにとってもなじみ深いものでもあります。
この概念は、もともとドイツの心理学者、クルト・レヴィンが発見したものでした。時代を経て、旧ソビエト連邦の心理学者ブルーマ・ツアイガルニックが実験を通して、先達者が到達した考えを、さらに推し進めた歴史があります。
意外なかたちで日常的に溶け込んでいるツァイルガルニク効果です。この心理学的観点から読み解いていけば、日本人がわびさびの世界に魅了されてしまうわけがよく分かります。
陶器の割れ・繕いも長所にしよう
たとえば、大切にしていたお気に入りの食器を誤って割ってしまったら、どうしますか?「新しいものに買い替えるしかない」と思わず諦めてしまう方も多いでしょう。状態の程度によりますが、軽いひび割れや一部の破損で済んだ場合、修復するという選択肢もあります。
陶器の世界では、割れた箇所を鎹止めにした青磁輪花茶碗銘馬煌絆や火割れを金繕いで修復した阿弥光悦作の赤楽茶碗雪峯など、国宝級の名品が存在します。どれも壊れたり、破損したりしたところを独特の技法でつなぎ合わせ、装飾することで、はじめの状態にはなかった魅力を上乗せしています。
傷や欠損を失敗や壊れものと簡単に見なさず、短所を補うかたちで逆に長所へと高めていくやり方は、日本の伝統的スタイルで、海外からも大きな関心を寄せられています。
歴史的に確立されてきた技法の中で、はじめての方にも取り組みやすいのが金継ぎというものです。漆で壊れた箇所を接着し、金粉を飾りつける手法で、熟練の経験なしでもDIY感覚でできる点が特徴となっています。もちろん、自分の手に余るものであれば、専門の業者にお願いするのがもっとも効果的です。
鮮やかな修復でよみがえった陶器は、割れ方や壊れ方も千差万別で、まさにこの世にたった一つしか存在しないオリジナル品です。だからこそ、以前のものよりもいっそう親しみや愛着が湧き、思い入れも一段と深くなってくるわけです。
まとめ
日本人特有のわびさびの概念をテーマに、心理的な考察も加えながら、陶器の修復について、ご説明しました。自然環境や風土、宗教などの影響から導き出されたわびさびという考え方は、ごくありふれた陶器の世界にも色濃く反映されています。
たとえ、ずっと大事にしていた陶器が壊れてしまっても、修復という方法を使えば、違った美点が加わり、さらに愛おしさも増します。今回の記事を参考に、陶器の修復についてさらなる興味を持っていただければ幸いです。